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古来においては一日は

古来においては一日は夕方から始まるとする風習があり、元旦は大晦日の夕方から始まると考えられていた。大晦日の夕方に神仏に供えた餅や飯を日の出後に降ろして、具材を加えて煮た物が雑煮のルーツとされている。

また近世以前においては、「餅なし正月」と呼ばれる、正月三箇日に餅を神仏に供えたり食することを禁忌とする風習が、畑作地帯を中心として広く存在していたことも指摘されている。こうした地域は関東・中部・中国・四国地方などに広がっており、その多くはかつては水田を作るには不適当であったため、米以外の作物で定畑や焼畑を行っていた地域とされている。これらの地域では、米及びそれを原料とする餅は自己の土地からは生み出されない外来の食物であり、神仏に土地の豊饒を願う儀式の場において、こうした外来の食物を用いることは禁忌であったと考えられている。こうした地域は、蕎麦や里芋などの自己の土地から産する作物を神仏に捧げ、またこうした食材を主体として雑煮などを作っていたと考えられており、今日でも「餅を使わない雑煮」を作る地域には、かつてそうした禁忌のあった地方が含まれていると考えられている。また、東北や九州では、正月に餅を食する習慣が成立したのは時代が下ってからと考えられており、それらの地域を除くと、餅を主体とした雑煮が食されていたのは畿内周辺及び地方の米作地帯に限定されることとなる。
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こうした風習に代わって餅を主体とする雑煮が全国的に広がっていく背景には、交通や情報伝達の発達もさることながら、石高制に基づく幕藩制による米の生産への政治的・経済的な圧力が畑作地帯を含めて加えられ、実際に灌漑設備の整備や新田開発によって、こうした地域も米作地帯に転換していった影響が大きいとされている。

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2009年12月01日 03:05に投稿されたエントリーのページです。

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